「繰下げ上限年齢の引上げの留意点について(パート2)」
年金制度改正法の中の「繰下げ上限年齢の引上げの留意点」を前回のメールマガジンで説明させていただきましたが、今回も一般的な夫の事例をもとに、パート2として留意点を説明させていただきます。
また、一般的な夫の65歳からの老齢厚生年金の年金額は108万円(報酬比例部分:100万円、経過的加算:8万円)とします。なお、今回の事例では、老齢基礎年金は繰下げしていないものとしています。
1.夫が繰下げ待機中に死亡したときの留意点
極端な例ですが、この夫が75歳で繰下げ請求する直前に死亡した場合、どうなるでしょうか。
現行の制度では、妻は繰下げしている当人ではありませんので、夫に代わって繰下げ請求はできません。そのため、65歳からの本来請求を申し出て、その未支給年金を受給できますが、時効が5年のため、本来受給できる10年間分の老齢厚生年金:1,080万円(108万円×10年)が支給されるのではなく、5年間分の老齢厚生年金:540万円(108万円×5年)しか支給されません。
2.繰下げ請求後に夫が死亡したときの遺族厚生年金の年金額の留意点
この夫が75歳から繰下げ請求した老齢厚生年金198.7万円(報酬比例部分:100万円+経過的加算:8万円+繰下げ加算額:90.7万円)を受給した後に死亡した場合、妻には残念ながら経過的加算と繰下げ加算額を除く報酬比例部分の4分の3しか支給されず、経過的加算と繰下げ加算額は妻には引き継がれません。
すなわち、妻には149万円(198.7万円×3/4)の遺族厚生年金が支給されるわけではなく、繰下げ加算額が加算されない報酬比例部分の4分の3の75万円(100万円×3/4)の遺族厚生年金しか支給されません。
そのため、夫が長生きしないと回収できないばかりか、繰下げした加算額も妻には引き継がれませんので、ダブルパンチとなってしまいます。
3.妻も老齢厚生年金を繰下げ請求していたときの留意点
次に、夫が亡くなった時点で、この妻も繰下げ加算がなされた老齢厚生年金を受給していたとすると、この遺族厚生年金の年金額は、通常妻の繰下げ加算額が加算された老齢厚生年金の額が差し引かれた金額となります。
例えば、妻の老齢厚生年金(報酬比例部分と経過的加算)が10万円とし75歳で繰下げ請求していたとすると、75歳から18.4万円(10万円+8.4万円)を受給していますが、遺族厚生年金からこの妻の繰下げ加算額が加算された老齢厚生年金額が支給停止されることになります。そのため、妻が繰下げして増やしたはずの繰下げ加算額も合わせて差し引かれるため、夫が亡くなった後は、繰下げしたメリットは全くなくなってしまいます。
また、ここでわかることは、繰下げした繰下げ加算額について、夫の死亡に伴う遺族厚生年金はこの繰下げ加算額は加算されずに計算されるにもかかわらず、妻の遺族厚生年金から差し引かれる妻の老齢厚生年金の繰下げ加算額は加算されて差し引かれるのです。
4.遺族厚生年金を受給している妻の留意点
また、遺族厚生年金には、以上のような留意点がありますが、今回の制度改正のうち在職時定時改定もあり、65歳以降も厚生年金保険に加入して働いている妻は、在職時定時改定の導入後は、毎年10月に老齢厚生年金が増える(例えば3万円増とする)と、遺族厚生年金は同時に減額(3万円減)されることになります。すなわち、遺族厚生年金を受給している妻が繰下げて増額された年金額や在職による増額された年金額はトータル面からみると、原則として増えることはないのです。
5.振替加算が加算される老齢基礎年金を繰下げたときの留意点
次に、この妻は老齢基礎年金も繰下げていたとすると、老齢基礎年金に加算される振替加算も繰下げした年齢(75歳)からしか加算されず、かつ、繰下げによる加算額もありません。
このように、繰下げ制度は、これまで70歳まで繰り下げられたのが、75歳まで繰下げられることになると、この制度を理解していなければ、ますますデメリットが発生することが考えられる人がでてきます。単純に誰でもメリットのある制度改正とはならないところが難しいところです。
やはり自分にとっての留意点を考えたなかで繰下げ請求をするのかどうかを決める必要があります。現状、これらの留意点を理解せずまま、繰下げしている人が見受けられます。
NPO金融年金ネットワーク 1級FP技能士、社会保険労務士 小野 隆璽
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