年金相談の現場から(メルマガ2020年8月号)

「年金制度改正法の主な改正内容とその留意点について」

 より多くの人がより長く多様な形で働く社会へと変化する中で、長期化する高齢期の経済基盤の充実を図るため、年金制度改正法が令和2年5月29日に成立し、令和2年6月5日に公布されました。この制度改正の中で「繰下げ上限年齢の引上げ」があります。この制度改正は、前回のメールマガジンでも説明させていただきましたが、誰でもこの制度のメリットがあるわけではありません。この繰下げ上限年齢が70歳から75歳に引き上げられることにより、より一層、留意しなければならないと感じています。

 国会審議では、年金給付と税・社会保険料負担の影響の論議がなされていましたが、年金制度面からみると、特に留意しなければならない人は、夫婦世帯で配偶者加給や振替加算が加算される人、遺族厚生年金の受給者などです。

 そこで、今回は一般的な夫の立場からみた事例をベースに、その留意点について、以下に説明させていただきます。

1.繰下げ制度の基本的な留意点

 繰下げ制度は、繰下げした期間(月数)に応じた繰下げ加算額が一生加算されて受給者に支給されます。そのため、長生きすればするほど、メリットとなります。しかしながら、短命の場合、繰下げしていた期間のもらっていなかった年金額を回収できずに終了することもあります。

 極端な事例でもって説明します。

 夫が老齢厚生年金(報酬比例部分:100万円、経過的加算:8万円とします)と老齢基礎年金(72万円とします)の合計180万円の年金を75歳まで繰下げたとします。この場合、この夫は75歳から331万円〔180万円+繰下げ加算額:約151万円(84%)〕が、一生支給されます。そして、この夫が110歳まで長生きしたら、回収できるまでに約12年(87歳:利息などは考慮せず)かかり、それ以降メリットがある年金を受給でき、35年間の総額1億1,585万円が受給できます。しかしながら、この夫が、残念ながら75歳で受給した直後1か月で亡くなったとすると、約27.6万円を受給して終了となります。これが年金制度・繰下げ制度の特徴です。

 そのため、繰下げするかどうかを検討するには、まずこの特徴を理解したうえで、最終的には本人の考え・意思で決める必要があります。年金制度(繰下げ制度)は、長生きリスクに対する保障なので、長生きした場合のことを考えると繰下げしようと思われれば、繰下げされればよく、自分は短命だと思われれば、やはり繰下げするのはやめて本来の受給方法に決められればよいと思います。留意していただきたいのは、年金制度(繰下げ制度)の特徴を理解したうえで、決めていただきたいということです。

 なお、以上は極端な事例で説明しましたが、それ以外にもいろいろな留意点があり、以下にその一部を説明させていただきます。

2.配偶者加給が加算される場合の留意点

 前述の夫が老齢厚生年金(報酬比例部分:100万円、経過的加算:8万円)を繰下げ請求し、妻は5歳年下とします。

 このケースでみると、配偶者とは年齢差が5歳あり、老齢厚生年金額が108万円の人が75歳まで繰り下げた場合、75歳から加算された老齢厚生年金額が約198.7万円支給されますが、配偶者加給は繰下げしている間は支給されませんので、結局配偶者加給はもらわずして終了してしまいます。

 回収面からみると、もし、配偶者加給が加算されない人の場合は、約12年(108万円×10年÷90.7万円≒11.9)で回収できます。しかしながら、配偶者加給(約39万円)が加算される場合は、回収できるまで約14.1年[(108万円×10年+約39万円×5年)÷90.7万円≒14.1年]かかります。おおむね90歳まで長生きしないと回収できません。

 すなわち、配偶者加給が加算される場合は、妻との年齢差が大きいほど、デメリットとなってしまいます。なお、このケースの場合、老齢基礎年金の繰下げについては、何ら影響を受けません。

3.夫が繰下げ待機中に病気などをした場合の留意点

 前述の夫が繰下げ待機中に、余命が短い病気などになった場合、長生きできないために、どうすればよいでしょうか。

 これについては、今回の制度改正において「本来受給選択時の特例的な繰下げみなし増額の導入」がなされます(施行日:令和5年4月1日)。

 すなわち、70歳超で遡及して65歳からの受給(本来受給)を選択した場合、年金額算定にあたって、請求の5年前に繰下げ申出があったものとして年金を支給する取扱いに変更されます。

 例えば、75歳直前に余命が短い病気などした場合、時効がかかった5年間分の老齢厚生年金:540万円(108万円×5年)ではなく、請求の5年前に繰下げ申出があったものとした老齢厚生年金:767万円(108万円×70歳請求時の1.42×5年)が支給されます。ただし、税制面においては、767万円がその年の収入(所得)としてみられるわけではなく、5年前からの年ごとの収入(所得)としてみられるため、遡及して5年間分の所得税の確定申告(修正申告)を行い、税の清算(追加支払い)をしなければなりません。また、その後、市区町村関連の市民税・介護保険料・国民年金保険料などの清算(追加支払い)の動きも出てきますので、手数もかかります。

 以上のように、一般的な夫の立場からみた繰下げ請求の留意点について事例をもとに説明させていただきましたが、これ以外に事例の夫が亡くなった場合の妻のデメリットなどもあります。これらについては、次回に説明させていただきます。

NPO金融年金ネットワーク 1級FP技能士、社会保険労務士 小野 隆璽

NPO法人 金融・年金問題教育普及ネットワーク

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